1993年 鉄道模型紀行 1  その3

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「ヨーロッパ鉄道模型紀行とオリエント急行の旅」
1993年鉄道模型紀行 1
1993年 モデルバーン主催の鉄道模型紀行1
「ヨーロッパ鉄道模型紀行とオリエント急行の旅」を書いています。

その1はこちら
 (出発からフランクフルト、2日目ルフトハンザエクスプレス、ライン川、デュッセルドルフの模型店、TEE、ビュルツブルグ など)

その2はこちら
 (3日目 レントゲン博士、ICE、ニュルンベルグメッセ、模型店、など)

その3は4日目からです、 下記
1993年 鉄道模型紀行1 その3
4日目


改めてドイツの地図。
1日目 日本、成田からフランクフルト
2日目 フランクフルト→デュッセルドルフ→フランクフルト→ビュルツブルグ
3日目 ビュルツブルグ→ニュルンベルグ→ミュンヘン

見るところがたくさんの結構きつい行程で、ミュンヘンにたどり着きました。
4日目はミュンヘンからですが、11:57分の列車でスイスのチューリッヒに向かいます。


19. ミュンヘンのからくり時計

 3日目の朝、2月のミュンヘンは結構寒く吐く息が白い。今日はミュンヘンからスイスのチューリッヒへの移動日であるが、列車に乗る前に、市庁舎のからくり時計があるので是非見てみたいと、一人で歩いて見に行く。

取りあえず荷物をパッキングして、部屋の前に出す。 出発までにホテルの人がロビーまで持って行ってくれると言う算段。 今回のツアーはサービスが良い。
身軽になって街に飛び出す。


一人で行ったのにどうやって撮影したのか忘れた。誰かに頼んだのだろうか? ミュンヘンの町で心うきうき。

 繁華街の入り口、カールスプラッツを抜けると、古い大きな建物の並ぶノイハウザー通りに出る。 店も多く、人も増えてきてウインナーソーセージや果物屋、花屋などの露店も出ている。

歩く人の中にはチロリアンハットをかぶった人がちらほら見える。 羽のついたこの帽子はいかにもバイエルンといった雰囲気がする、今までの街では見られなかった装いだ。

まだ少し早いので路地裏に回ると教会があり鐘が鳴り出した。 もっとゆったり鳴ると思っていたのに、以外とせわしい感じでカンカン鳴る。 しかし、音は本や写真では分からない。 本物を聞くといかにもヨーロッパの街にいるという実感がする。

 からくり時計は10時からだが、すぐにとんぼ返りで駅に戻らないと列車に乗り遅れる。そこで帰りは地下鉄に乗ることにして、地下鉄の駅を下見し、切符を買っておく。 地下鉄はUバーンと言って駅のそばには大きくUのマークがあるのですぐに分かる。市庁舎の前はマリエンプラッツという駅だった。


市庁舎 からくり時計は5階ぐらいの高さだろうか、まだ人が集まり出す前。

 いよいよ、からくり時計の時間が来た、たくさん人が集まりだして、市庁舎の塔のからくり時計を見上げる。それがなかなか始まらない、少しいらだちだした頃、人間と同寸ほどの大きなからくり人形がくるくる回りだした。 

最近はあちこちでこれに似たからくり時計を見たことがあるが、これが本家本元だと思うと一層立派に見える。これで納得して地下鉄に走る。

 地下鉄は落書きが多かった。ドアは自動で開かないので手で開ける。これは例え特急でも同じで乗り降りの無いドアまで開けると寒いし、合理的でない。 もちろん閉まるのは自動だ、うまく考えてある。


20 慌てた話し

 地下鉄のミュンヘン駅で降り、上に出ると国鉄の駅だった。 ヨーロッパの駅には改札がないのでどこからもホームに入れる。 
ホームにはたくさん列車が止まっている。 ここを抜ければ、集合場所のインターシティーホテルだと安心したとたんに、よく見ると駅の雰囲気が違う。昨日着いた駅と違う。 
思わず、ひょっとしたらミュンヘンにはたくさん国鉄の駅があってこの駅はミュンヘン中央駅ではなくて、違う駅に来てしまったのではないかと戦慄が走る。

 乗るべき列車の時刻は迫っている。駅を飛び出し外から建物を見てインターシティーホテルがないかと走り回る。 本当に全力で走った。すると後ろから、ドイツ人が声をかけた。 マフラーを落としたのだった。 あわてて拾って「ダンケシェーン」と大声で叫び、また走る。 なんの事はない駅の裏側にいたのだった。
地下鉄で上がったとき、良くあることで出口を間違うととんでもないところに出てしまう。 さっきのホームを横切ればまっすぐホテルに行けたのに、駅の建物を大回りして、戻ったのだった。 
ミュンヘン中央駅は国際線とローカル線のホームの場所が違って、言わば天王寺駅の阪和線と環状線みたいで、一見似ているが全然違うホームなので、思わず違う駅と思ってしまったのだった。



ミュンヘン市電


これは15年後のミュンヘン中央駅。 1993年には、この前を右から左に走り抜けたのだった。

21. バイエルンを行く

 チューリッヒへの列車はスイス国鉄の客車で、最新式のパノラマ客車を繋いでいた。 当然それに乗る。窓が大きく湾曲して屋根の半分ぐらいまで窓だ。椅子はゆったりして小さいながらテーブルも付いている。 
パノラマ客車 途中のリンダウ駅にて。 窓が屋根近くまであるのが分かるだろうか。

客車の中程には仕切があって区切られているので落ち着く。
今から4時間乗るのだが、毎日動き回って疲れているし、一眠りしようと思う。

列車は一路スイスに向かって走り出す。 バイエルン地方を走り抜けるのだが、バイエルンの地名には何となく憧れがあり、どんなところか見てみたい気がある。 


市庁舎の近くで買ったサンドイッチを頬張りながら車窓を眺める。食堂車に行くよりもこの席の方がずっと良いので軽食でも豪華に感じる。 


初めはこんな景色だったが、思ったより平原が多く牧場がある。


だんだん山が迫ってきて、所々雪で白くなっている。
非電化区間なので牽いているのは、多分BR215のようなディーゼル機関車。


川が凍っている。かなり寒いのだが車内は快適だ。


山の木々は日本のものと似ているが少し葉が垂れているなー、などと寝るどころではない。



あっちにもっちにもメルクリンが居る。


どこかの会社線の機関車だろう。


蒸気機関車もあったが保存車両かも。



素晴らしい景色で寝るどころでは無いでしょう? 

22. リンダウ駅

 列車は湖の真横を走り出した。 反対側を見るとこれも湖で、どうなっているのかと考えると湖の上の堤防を走っていることになる。 そしてしばらく堤防を走り幅が広くなったと思ったら駅だった。 
ここはボーデン湖の中にある島で、しかも頭端駅だった。すなわち列車はわざわざ湖の中の島に向かって走ってきて、そこで後ろに機関車を付け替えて元来た方向に走り出すのだ。

それぐらい値打ちのある街がこの島にあって街の名前はリンダウといい中世の雰囲気を残した美しい避暑地だとは後で知った。


リンダウ。 左に列車の線路が見える。 ここに列車が入ってきて後ろに機関車を付け替えてまた元の方に出発する。  当時は右の車の橋は無く線路の横にある道路だけだったと思う。

それはともかく、機関車を付け替えると言うので、外に出てみる。すると真っ赤なスイスの電気機関車、Re4/4がすぐそばに来ている。 この機関車は案外小型で引き締まっていて、顔を含めてデザインが良いので昔から好きだ。 そして例の方法で客車に繋ぐ。


プラットホーム上はまたまた撮影会が始まり、交代で機関車の前で記念撮影が始まる。
 左はK藤さんで、スーツに普通の薄いコートが一番暖かいので、ドイツにはいつもこの服装だと言っていた。

 ここまではドイツDBのディーゼル機関車が牽いていたのだが、これからはスイスSBBの電気機関車が牽くのだ。 ヨーロッパの国際列車は国境の近くの駅でその国の機関車に付け替える。 これが実に興味をそそる。

  列車は元来た堤防を引き返したところで右に折れて、ドイツを離れ一旦オーストリアに入る。 
そのままボーデン湖の回りを走る内にパスポートのチェックが来た。 係員は警官のようにピストルを持ち緑の制服を着ている。 少し身構えたがツアー客のためか簡単にチェックが終わる。 

小さな駅で係員が降りればオーストリアは通り過ぎ、スイスの係員が交代で乗って来てまたパスポートチェック。


23. 初めてのスイス

 さあ、世界一美しいと言われるスイスの景色はどんなのだろとう一生懸命車窓を眺めていると、誰かがスイスは右側通行か左側通行かと聞いている。 何故かと思って横の線路を見るとさっきまで右側にあった線路がない。 左側に移っている。

思わずエーとなってしまう。 いったいどちら側通行なのか、もし反対を走っているのなら、正面衝突するではないか。 そして又右側に線路が来た。 いったいどうなっているの? 

もちろん詳しい人がいて
「スイスでは右でも左でも空いている方を使うのです。 例えば遅い貨物列車が走っていたら、反対の線路を使って抜いたり、すれ違うときにはまた元に戻るのです。 線路を効率よく使うためです」

と解説があるが、正面衝突しないのはよっぽど上手に指令を出しているのだろう。


途中の駅でこんな電気機関車を見つけた。 模型では見たことがあるが、とても古い機関車が現存すること自体信じられない。  

おー、この機関車がまだあるんだー! と言う声で、皆一斉にこちら側に集まって、客車が傾くのでは無いかと心配するほどだった。

 やがてたくさん列車が置いてある操作場の横を通過した。 スイスの列車が沢山ある。 緑は古い塗り分けで最近の列車は青と黄色に赤など派手な塗り分けになっている。 もちろんドイツの列車もある。その時

「タルゴですよ」と声がした。

一斉に右の窓に寄る。ちらっとしか見えなかったけれど、スペインの特急タルゴが留置してあった。

「スイスまで入ってきているのですねー」と感激深そうにK島さん。まさかスイスでスペインの列車まで見られるとは思いもしなかった。


旅行でタルゴの撮影は出来なかったが、HN運転会でのタルゴ。
ちょうど、こんな感じで見えた。

 操作場を過ぎると列車はすぐに速度を落とし、たくさんポイントを通過して大きな駅に到着した。 終着チューリッヒだ。

4時間の旅は終わったが結局、列車で一睡もしなかった。


24. チューリッヒのホテル

 さあ、ここでドイツマルクをスイスフランに両替しなければならない。 両替所は駅にある。 
両替を待っている内に、出発する列車があった。 チューリッヒは頭端駅なので、列車が発車すると、以前に牽引してきた機関車だけがホームの端に残る。
ところがこの機関車が出発した列車のすぐ後ろ10m程の所を追いかけて行くではないか。 いわばニアミス状態だ。 思わず皆「あー」と声を上げる。

鉄道マニアでなければ何も驚かないのかも知れないが、日本で列車の後ろにすぐ他の機関車が追いかけて行くような危険なことが許されるわけがない。

しかし考えれば、これが一番危険がない合理的な方法だろう。 何時までも機関車がホームに残っていて次の列車が来たら衝突することに成りかねない。 一同納得すると共に、この運転法を頭に刻み込む(後日、自分のレイアウトでDCCでこの運転法を実現することになった)。


チューリッヒの駅 かなり古いタイプ


新しいタイプ。 ペンデルツークで、これは機関車で後ろに総二階建ての客車がつながる。 もちろん最後尾には運転室付きの客車がある。

 スイスもドイツ同様駅に改札がない。 駅の中を荷物をごろごろ押しながらホテルに近いところから駅を出る。 


前から青と白に塗り分けられた市電が来る。 顔が細くてなかなか格好がよい。

アルクアンビレという小さなホテルに着いてエレベーターで部屋に上がる。 

エレベーターが動き出すと壁も動き出した。
エレベーターにドアが無いのだ。 
大きな荷物を持って数人乗り込んでいるので、動いている壁に体がすれそうで怖い。 目的の階に着いてそのフロアのドアを手で押して開ける。 蝶番式のドアなので横に引くのではなく押すのです。 
ヨーロッパでは結構当たり前のこのエレベーター本体にドアがない方式、日本人が初めて乗ったときは皆驚く。

 部屋は最上階で屋根裏、天井が斜めに低くなっているのは分かるが、どうも床も傾いているようなボロ部屋。 思わずK本さんと顔を見合わす。
しかしバスは大きく、バスタブにカーテンではなくガラスの引き戸が付いていたのでちょっとはましか、と思ったのも束の間、バスルームの戸が固くてきっちり閉まらない。 バスルームと言うことはトイレもあるのだ。


PS:チューリッヒに住んでいる人に聞くと、この地域は麻薬の売人がいたりする少し危険な地域だそうだ。 だから、ホテルも一流ではない。  なぜこのホテルかと言うと駅から近いから予約したようで、翌年から違う地域のホテルに変わった。


25. 模型の木

一息ついて早速、模型店を巡った。 一件目は大通りに面した大きなオモチャ屋の3階で、鉄道模型のコーナーも広い。 スイスも鉄道模型は市民権を持っており、各家庭とまでは知らないが、ほとんどの家で子供に買い与えているという。 だから大人になっても模型をしているファンが多く、店も沢山ある。 また、そのおかげで量産品が安く買える。
日本人は凝り性のためか、精密な手作りの模型しか売っていない。 価格は新人の給料以上である。 だから簡単に買えないのでキットを買って組み立てる。
違う見方をすれば、自作こそがマニアで、完成品を買うのは言語道断という世界である。 私は趣味は気楽にしたいし、車輌だけでなく景色を作るのも好きなので、車輌だけでなく家や草や木の材料も揃って、なおかつ安いヨーロッパの製品には、大いに魅力がある。

アイゼンバーンセンターと言う模型店で、すばらしい木の葉の材料を見つけた。  つまらないと思うかも知れないが、実はメッセの会場で一番感心したのがシルフローという会社の草や木の材料で、これまでは、スポンジの固まりを木の枝につけていただけだが、これは木の葉が一枚一枚付いて実に実感的である。

 こんなもん絶対に日本では作れないし手に入れることもできないと思い、内心探していたのである。 ところがドイツの模型店では売っているのを見つけられなかった。 それがこの店で売っていたのだ。 早速買おうと思ったら凄く高かったので、少しだけにしたのだが、後から買い足しにスイスまで来るわけにも行かないのでもう少し買えば良かった。



シルフローの木の材料。 このひと箱で4000円ほどしたと思った。 数年後、日本でもミニネーチュアの名前で、小さく分けて販売された。 この箱では高くて手が出ないからであろう。

 夕食は中華料理屋に行きませんかということで、K社長を先頭にまたぞろぞろ続く。 立派な中華レストランでこの旅行で初めてまともなものが食べられた。



帰国後シルフローで木をつくる。 




27. バーデンへ
ここから、鉄道模型紀行1、その4につづく


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