1993 鉄道模型紀行 I  その2

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1993年 鉄道模型紀行 I  その1
のつづきです。

一気に書かずに追加して行くが、下に追加するのでスクロールして見ていって欲しい。
原文は当時に書いているが、2022年改めて加筆修正している。

1993年2月  1993年鉄道模型紀行1  その2
3日目

2日目はデュッセルドルフからヴュルツブルグに着いたところまででした。

3日目です。



12. レントゲンの建物

 翌朝、やはり観光バスが迎えに来る。 ビュルツブルグの街はおとぎの国のような昔のドイツの街だった。

駅前には市電の乗り場がある。ヨーロッパの市電は前と後ろがあって、反対方向には走らない。そこで終着駅では花壇や噴水の回りを回ってUターンするような線路配置になっている。


ここもそうなっていて興味を引かれたが、それ以上にレントゲンの家が気になった。そこで列車の出発まで時間があるので、一人で走って駅のそばにあるレントゲン博士の研究室を見に行った。

しかしどれか分からず、近くの家を数件写真に収めただけだった。 後でバスガイドさんに勝手な行動をしたので怒られたが、言ってくれれば案内したのに、とも言われた。で、結果として翌年ここに来ることになったのだ。


適当に何枚か建物の写真を撮った。 多分左端の建物がレントゲンが研究した建物。 壁にRöntgenと書かれているのだが気がつかなかった。




13. ICE




今日はニュールンベルグに行って模型を見てミュンヘンに泊まる予定だ。 このツアーはすべて特急の一等車で移動しているのだが、今度はドイツの誇る新幹線列車ICEに乗る。

 駅のプラットホームにはリヤカーの大きいような荷物用の車があり電気自動車が何台もの荷物車を引っ張っている。 数年前まで日本の大きな駅でも見られたが、ドイツではまだまだ現役で、ホームでボーと立っていると轢かれそうになる。その一つにわれわれの荷物も乗っていて、重い荷物を担いで地下の通路から階段を上がる必要はない、実に行き届いたツアーだ。 

ちなみに私の荷物は大きなリュックのような布のバッグだ。  実はこのツアーの案内書に列車で移動するので、スーツケースでは無く担げるような物にして下さいと書いてあったのだ。  だからわざわざ、鞄屋さんで探して大きな布のバッグを買ったのだけれど、他の人は皆ハードのスーツケースだ。

ポーターがリヤカーに乗せてくれるのだけれど、私のバッグを下にするとつぶれそうなので、ちゃんと気を使っていつも一番上にしてくれる。 ドイツ人も気が利くのだ。 

このように、ポーターが付いたり、観光バスとガイドがついたりはこの時のツアーだけで2回目以降はすべてセルフサービスになった。 


 真っ白な車体に赤い帯の入ったICEが入ってきた。
今度は同じドアに集中するようなドジはしない。荷物も先に乗った者がバケツリレーのように次々に奥に送り込む。


 室内はコンパートメントではなくオープン席だが、入って初めに驚いたのは車輌の真ん中に荷物置きとコートを掛けるハンガーの設備があることだ。そして鏡があって服装を正せるようになっている。
また椅子も大きく、通路を挟んで2席と1席で、向かい合った4人掛けのシートには食卓並のテーブルがある。
カラーリングは椅子とテーブルがブルーで壁が白、アクセントに所々赤を使った車内は新鮮そのもの。

また外観はまるで電車のような形をしているが先頭と後尾は電気機関車で、乗客の乗る車両にはモーターはない。 だから走り出すときも新幹線のようにモーターの唸りもなく静かそのもの。


さっそく車内販売のコーヒーを注文しブルーのテーブルでくつろぐ。
速度は200km以上は出ている、緩やかな丘がつづく中ニュールンベルグに到着する。



ヴュルツブルグ 8:28分発のICE 581(インターシティーエクスプレス)
ニュルンベルグ 9:23着



14. メッセ

 さて今からニュールンベルグ・トイメッセに行く。これはオモチャの展示会で世界中からバイヤーが来るという。

このメッセは卸業者を対象にしているので一般は入れない、そこで各自自己責任で業者らしい名前を言ってチケットを買う。写真撮影は禁止なので、カメラ類は駅のコインロッカーに仕舞って行く。

ということですが、ビデオはロッカーに仕舞ったが、カメラはこっそり持って行った。

 地下鉄で会場に行った。 


メッセ会場

メッセの建物は変形の八角形をしており、体育館の数倍はある。そんな建物が13もあるので、その規模の大きさは見当も付かない。鉄道模型の建物はD号館でそれに向かうが、途中で牛ぐらいある木馬や人形を展示している建物などがあり、めずらしさに見とれていると時間が無くなる。

鉄道模型の建物では、多分100近いメーカーが展示していた。通路は人が一杯で歩くのも苦労するくらいである。大きなメーカーはブースも広い。そして特記すべき事はレイアウトを展示しているメーカーが多く、そこで自社製の車輌を走らせている。


メルクリンなど長さ15mはあろうかと思う大きなレイアウトである。
そこにスーツを着てネクタイをした大人がたくさん見入っている。

建物の模型を作っているメーカーも多いがそういうところはドイツやスイスの景色をつくり自社製の家を並べている。結構小さなスペースでこれなら自宅にでも置けそうだと思えるものもある。

家に置けそうな大きさだ(HO)

また車輌メーカーも色々な趣向をこらして見ていて飽きない。

ここで分かったことは、各ブースの係員の許可を得れば撮影しても構わないことである。特に景色などレイアウトの撮影はほとんど問題がなかった。レイアウト好きの私としては願ってもないことで、こっそりカメラを持ってきて良かった。


一番衝撃を受けたのが、これ。 木や草のメーカーで、まさに実物のような木である。 メーカーはシルフローで、後に日本ではミニネーチュアの名前で売っている。 この後模型店ではこのメーカーの草や木の材料を求めて探し回ることになった。

一日中いたい気持ちを抑えて、会場を後にし、ニュールンベルグ駅のスタンドで昼食をとる。



15 鉄道博物館

 午後からは、ドイツ鉄道博物館の見学である。
JTB
ではこの町に現地の日本人ガイドさんを用意してくれてあった。 われわれは、ほとんど全員ガイド無しでメッセに行ったのであるが、実は70歳近いおばあさんが一人で参加していて午前中ガイドさんに街を案内して貰っていた。 一人でガイドを独占できるとは豪華なツアーである。

 しかし、なぜこのツアーにおばあさんが一人で参加していたのかよく分からないが、孫に頼まれて模型を買うとか言っていた。 今度はこの人もいっしょにガイドさんについて鉄道博物館に向かう。


駅から歩いて5分ぐらいで、古風な石造りの建物に着く。
われわれが館内を見学している間、このお婆さんは入り口のベンチで一寝入りという段取りだ。


 館内は日本の交通博物館のように、実物の車輌がたくさん展示してある。。
 

旧ナチの時代の電気機関車は、顔にハーケンクロイツを付けていたが、やはりハーケンクロイツは外され、なんとなく間が抜けた顔になっていた。当然ナチはタブーである



青い車体に金の豪華なモールを付けた小さな客車があった。
これが、かの有名なノイ
ュバンシュタイン城を作ったルードリッヒII世の御陵車である。 本物ではなく実物大のレプリカであったが、当時を偲ばせる。

近くのドイツ人にノイシュバンシュタインと言ったが通じなかった。ガイドさんに言うと、ドイツ人でノイシュバンを知らない人はいないので、多分他の国の人だったのだろうと返事が来た。



交通科学館と同様に大きなレイアウトがあった。
 運転手は本物のドイツ国鉄の運転手で、ここの信号システムは本物の器械を使い、本物と同じように運転していると自慢をしだした。

そこでメンバーの一人が、日本の新幹線の写真を見せると、感心してうち解けて和気藹々となる。

入り口に戻ると、例のお婆さんが、座ったままアイスクリームを買ってちょうだいなど若い人に言って、ちゃんと欲しい物を手に入れている。 お婆さん一人でも何とかなるものだと感心する。

また、70才ぐらいの夫婦もいる。S口さんといって門司で医師をしているとか、多分、無理矢理連れてこられて疲れ果てている奥さんのために、飲み物を買いに行っていた。



有名なグラスカステンのカットモデルも載せておきましょう。 屋根の長さに注意。 運転士は何処に乗るんだ~






16 鉄道模型店

今から歩いてニュールンベルグの模型店めぐりとなる。 今度はモデルバーンのU東京店長やN横浜店長あたりの出番だ。 しかし、ツアー参加後から少し気になっていた人がいる。その人はやけにドイツに詳しく、模型店も良く知っている。 モデルバーンの人だと思っていたら、参加者でY辺さんという。 この人が先頭に立って街を案内する。

 このY辺さん、少し昔に流行ったカラーブックスという写真主体の本で、神社仏閣から植物など色々なシリーズが出ているが、その中の鉄道シリーズの近鉄を書いた著者なのだ。 そんなに凄い人なのだが、実は私の職場の近くで働いているという。 聞くと、歩いて5分ぐらいの所で、まさかそんな近くにこんな凄い人がいたとは知らなかった。

 城壁の中の石畳の車道が縦横に走り回っている道を、Y辺さんは迷いもせず、どんどん店に向かって歩いて行く。


 模型店は2件あった。一件は最近の普通の建物でもう一件の店の前には大きな本物の鉄道用の信号機がそびえ立っていた。その店には中古品も多く掘り出し物がありそうだったが、自分の好みのものは安くはなかった。


初めの店に戻って、ガラス電車と呼ばれているドイツ国鉄の古い電車の模型を買った。 これは戦前につくられた電車で車体全体がほとんど窓で、屋根にまでガラス窓がある珍しい電車である。 2輌作られた内の一輌が最近まで観光に使われていた。しかしこの後ダンプカーと衝突して大破し廃車になったそうだ。たぶんダンプが警報を無視して踏切に入ったのだろうが、どこの国でも無謀ダンプには困ったものだ。しかし模型は健在である。

 この店で、G本さんが、ICEのフル編成を買うと言った。 フル編成とは本物と同じ編成のことで多分10輌以上になるのだろう。 さすがに本場のドイツでもフル編成を一気に買う客はいないらしく、店でも思わず聞き返し、揃えるのにあたふたしていたが、揃ったのか
どうかは不明。

G本さん曰く
「やっぱり乗ったからにはフル編成が欲しいですものね!」

私は、共鳴するどころか、多分15万円ぐらいするのに、この人はなんて金持ちなのだろうと貧乏人丸出しの考えを持ってしまった。

 このG本さんは、名古屋付近でコンピューター関係の仕事をしている人で、40歳そこそこと思えるが、なかなかおしゃれで、色眼鏡(サングラスではない)をかけて少々芸能人っぽい。 2月のドイツは札幌並の寒さで、私はズボンの下にパッチをはいているが、G本さんは何とGパンを2枚はいている。

曰わく「いくら寒くても、やっぱりパッチをはくのは、自尊心が損なわれますからね」だと。

 翌年、やはりニュールンベルグメッセに行った時に、この人に会った。 一人でメッセに来たらしく「このツアーは高いので一人で来たけれど、ホテルをとるのは苦労しました」と、やはり模型好きには違いない。



17 ニュールンベルグの街

 ニュールンベルグは駅の目の前に城壁がある。その回りは日本の城のように掘になっていたようで、底には水はないが公園のように整備されている。

ニュルンベルグ駅前


堀の外の道路の下には地下鉄が通っていて、堀の壁の窓から、電車が走るのが見える。

 城壁の中は昔の街並になっているが、第2次世界大戦で徹底的につぶされたものを復旧させたそうだ。街全体が城壁の中にあるので、日本の城とは様子が違う。 

 大きな教会のある通りに来た。いろいろな店が並び観光客も沢山いる。その時、K藤さんが写真を撮ってとカメラを渡された。 この人は40代ぐらいで、若いのにちょっとした会社の社長さんだそうで、ドイツには仕事で何回か来ているそうだ。 でも、いつも空港まで車で迎えに来られるので、鉄道に乗りたいのだがあまり乗せてもらえない。 
 そこでこのツアーに来たのだという。ところが、模型に興味が無い友人を連れて来たのであまり模型店を見られないとぼやいていたが、しかしこの後数年このK藤さんと色々な店を回ることになった。

で、とりあえず2人のショットを撮ったあと、私の写真も撮って貰った。





屋台のウインナーソーセージ屋さん。 これが上手そうなだよね。



18 インターシティーのビール

 ニュールンベルグから宿泊地のミュンヘンへはまたICEに乗った。 こういう時座席にあるテーブルは便利で、皆で買った模型を見せ合いながらしゃべりまくる。 K太君はNゲージの車輌を買ったとか、K島さんは家で架線集電の模型を楽しんでいるとか、話は尽きない。 

その隣でJTBの小亀さんは寝ている。列車好きの連中の集まりなので、何時どこに着くのか小亀さんより詳しい奴らが沢山いる。そこで安心して寝ていられるのだ。
 
ICE最後の仕上げに食堂車に向かう。食堂車の半分がラウンジになっていて、明るい近代的な木目と白を基調にしたデザインはすっきり気持ちが良い。


さっそくビールを注文する。 
若いウエイターがビールジョッキにビールを注ぎ、泡の消えるのを待ってまたビールをつぎ足している。 これを何度か繰り返すとビールの泡が細かくなって口当たりが良くなる。 天王寺のビール屋で見たことがあった。 
やはりドイツは本当にこんな手間のかかる入れ方をしているのだと感心したが、これ以来他の店では見たことはない。 

後から数人仲間が来てビールを注文した。 他の客もつまみ類を買っている。 ウエイターは彼一人で、手間のかかるビールをいくつか作りながら、販売したり、テーブルを拭きに来たり、よく働くことに感心する。 ドイツ人は良く働くのだ。 もちろんビールは美味の一言。

帰りに食堂車を覗くと、G本さんが一人で豪華な食事をしていた。やはりこの人はお金持ちなのだ。

 ICEの食堂車

ミュンヘンのホテルは駅の中にあるインターシティーホテルだった。 チェックインの後、同室のK本さんと駅の中のカフェテリアで、安物のジャガイモの何かを食べる。
このツアーは食事には興味のない連中ばかりなので、美味いものを食べられない代わりに安くつく。


これでやっと3日目が終わりです。

明日はミュンヘンですが、鉄道模型紀行1 その3につづく


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